WEEKLY REPORT
No.3229 2026.05.13 Wed
■ 点鐘(開会)
■ 国歌「君が代」
■ ロータリーソング
「奉仕の理想」
(ピアノ:佐藤佳実さん)
西脇郁夫会長挨拶
東京6大学野球春のリーグ戦で東京大学が法政大学に連勝し、9年ぶりの勝ち点を上げました。10日日曜日の2回戦、1-3で迎えた3回の裏東大の1番バッター、レフト長谷川優選手の2ランホームランで同点とし、4回に逆転、8-5で2連勝して勝ち点1をあげました。同点ホームランを打った長谷川優選手は新潟明訓高校出身の文科1類2年生です。長岡市の出身で東京6大学リーグで野球をしたいために明訓に進学し、東大を目指したということです。しかも現役文1というのが凄いですね。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」の5月3日放送は、天正元年(1573年)織田信長により北近江の浅井、越前の朝倉が滅亡するという話でした。お市が愛する長政の介錯をするというへんてこりんな脚色でした。
さて、私の住まいとする中央区上所ですが、信濃川の右岸、VIPから昭和大橋のたもとまで、住居表示の施行された1982年(昭和57年)まで上所島と称していました。島がとれてしまいました。上があれば下もあります。下所島という地名は今も健在です。昨年開業したJR上所駅の所在地は実のところ下所島です。所島駅という名称も最終候補の一つには挙げられていました。昭和大橋から八千代橋のたもとにかけての幸町、幸西は1969年(昭和44年)、東幸町は1984年(昭和59年)まで下所島という地名でした。かなり広い面積が所島という地域であったわけです。1924年に大河津分水ができるまで、信濃川の川幅は広く県道三条小須戸線が堤防となっていました。所島の大部分は洪水の危険をはらみながら、渇水期には葦原の河川敷、中州として存在していたそうです。後の関屋分水の工事による掘り込み残土により三条小須戸線との高低差をなくす処理もされたようです。この所島という地名ですが江南区旧亀田町にも存在します。そちらが元祖所島です。
織田信長によって滅ぼされた朝倉義景の一族であった朝倉玄宗という人物が越中に隠れ住み、その後信長の本願寺攻めの際、本願寺の救援に駆け付け、顕如上人がその功を褒めたたえ「金寶寺」という号を授けたそうです。その子法正が越後亀田所島に移り住み金寶寺を創建しました。法正の子法知が慶長2年(1597年)に信濃川下流右岸の荒れ地に、亀田所島から檀家の百姓らを引き連れ開墾し、その地を所島新田としたと伝わっています。
もちろん今も金寶寺は上所に存在しています。山岸誠一さんのFAN税理士法人の裏手にあります。広い所島地内で唯一の寺です。現在は息子さんに代替わりしましたが、朝倉孝英前住職は私と小中学校での同級生です。
大河ドラマを見て、歴史はつながっているのだなと感じさせられました。武田信玄が急死しなければ、浅井、朝倉が滅びなければ、この地域の様子も随分違っていたことでしょう。
今日の花
しゃくやく
花言葉【恥じらい、はにかみ】
伝達
第5回マルチプル・ポール・ハリス・フェローピン贈呈
・西脇郁夫さんへ
米山功労者 第4回マルチプル感謝状贈呈
ニコニコボックス(2件)
瀬倉力出席・ニコニコボックス委員
山本剛史君
先日の母の葬儀に際しまして、多くの方からご焼香を頂き、ありがとうございました。お陰様で、無事に母を見送ることができました。感謝申し上げます。
富山修一君
はからずも、この度、叙勲の栄に浴させて頂きました。これからも精進いたします。今後ともよろしくお願いいたします。また、後日お祝いの会をして頂く事になりそうです。その節には、ご参加いただければ幸いです。
幹事報告
永尾久志幹事
■ 今月のロータリーレートは変更なし ■ 新潟いのちの電話「中学3年生への相談カード配布」支援へのお礼 ■ 有明ハイツより車イスと醤油おこわのお礼
その他報告
村上大祭 クラウドファンディングのお願い
大坂美佳子君
次年度事業計画書提出のお願い
五十嵐大吾次年度幹事
卓話「無呼吸治療、その後」
講師紹介担当 長北敏弥君
日本歯科大学名誉教授 河野正己氏
〈講師プロフィール〉 河野正己(こうのまさき) 1980年 新潟大学歯学部歯学科卒業 新潟大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)、新潟大学歯学部付属病院口腔外科第一講座講師、日本歯科大学新潟生命歯学部口腔外科教授、睡眠歯科センターセンター長、日本歯科大学名誉教授、こばやし内科クリニック(睡眠歯科担当) 資格など 歯学博士 日本口腔外科学会専門医 日本睡眠学会歯科専門医 〈卓話の要約〉 「睡眠時無呼吸症候群」が登場するのは古代ギリシャまで遡りますが、病態の解明と治療の確立は20世紀後半です。新潟大学では歯学部附属病院に「いびき外来」を開設し研究と診療を開始し、その取り組みはNHK『サイエンスアイ』『クローズアップ現代』でも紹介されました。治療は当初、外科的手術が中心でしたが、のちにCPAP(シーパップ)やマウスピースが導入され、現在はこれらを組み合わせる治療へと発展しています。 無呼吸症治療は約50年の歴史を重ねていますが、いまだ未解決の課題も残されています。本講演では、現行治療の限界と、その克服に向けた方向性について述べたいと思います。 ・担当者コメント(長谷川久也会報・雑誌委員) 河野名誉教授の無呼吸のお話有難う御座いました。私も無呼吸の治療をしていますが、その後がどの様になるか凄く興味がありました。 年齢を重ねると「誤嚥性肺炎」になる事を初めてお聞きしてこれから注意しながら生活していきたいと思いました。
点鐘(閉会)
| 会員数 | 算定対象者 | 出席者 | 出席率 |
|---|---|---|---|
| 115 | 113 | 80 | 70.80 |
※次週5月20日は米山記念奨学生スピーチ
「ベトナムと日本:同じ箸、違う世界 ~本当のベトナムを知ろう~」
米山記念奨学生 レ ティ トゥさんを予定しております。